夕焼け列車 #千林かほり-5

私は、まだ立っていました。納得しつつも、とある主婦に諭されたのがやはり悔しかったようです。また、少年にあれだけ座らない、という意思を見せておきながら突然座るだなんて、腑に落ちないと思うのは私だけなのでしょうか。

汽車は、ゆっくりと駅に滑り込みました。

少年が動き出しました。

私は、ようやく腰を降ろしました。
「ありがとうね」
自然と、声が出てしまいました。少年は俯き加減で少し止まって、無言のまま降りて行きました。

すると突然、向かいの女の子が振り返り、窓を開けて、
「ありがとうだって」
少し叫ぶように、多分、あの少年に言いました。

なんて大胆な子でしょう、と驚いているうちに、いつの間にか振り返って、
「こちらこそ、だそうです」
妙にかしこまって、そう、言いました。思わず笑みがこぼれてしまいました。

その表情を確認したのか、またその子は振り返って、
……
何か言いました。汽車は走り出していて、風がかき消してしまったようです。

しばらく、外、ホームを眺めた後、窓を閉めてゆっくりと元に戻りました。満足気な表情を浮かべています。

「まもなく、…………」
私の降りる駅が近づいて来ました。

汽車はゆっくりと、落ち着いて止まりました。私は立ち上がって、扉を出て、それから改札を出ました。

「おかえり。乗って行きなよ」
不意に声をかけられました。娘と、六歳の孫が、立っていました。どうやら、車で駅まで来てくれたようです。

まったく、この娘はいつだってこうやって、嫌な顔一つせず他人の為に動きます。

「ありがとう」
もう今は、素直にこう言えます。すると娘は微笑みながら言いました。
「ふふっ。久しぶりね。素直に喜んでくれたの」

そうです。この娘はいつだってそう。人には目一杯親切して、それで良かったのかな、なんて、本人よりも悩んだりする。私も相当悩ませてしまったようです。

「ねぇ、おばあちゃん、早く行こう。凄いんだよ。あのね、田んぼがね、きらきらしててね、すっごく綺麗なの」
孫に急かされてしまいました。

「そうね。とても綺麗だものね。おばあちゃんもね、電車の中から見てたんだよ」
続けて、孫の耳に口を近づけて、こんなことを囁いたら、流石の娘も怪訝そうな表情を浮かべました。
「それからね、田んぼの妖精さんも見たの。ちょっと大きなね。一生懸命、田んぼをキラキラさせてくれているんだよ」

−−−

夕焼け列車 千林かほり編、これにて終了です。

やっと終わったな、という思いが強いですね。書いてる時間に悩み、そして書かずの期間も長かった。いつの間にか、一夏を越えてしまいました。

やはり人物には人物らしい言葉遣いがあるということで、一文書く度にどのように表現したらいいのだろう、と試行錯誤しているうちに大分時間を要して、更に新しい物語のアイデアが浮かんでくるもんだから、とっととこれを完結させたくてしょうがなくなりました。でも、一話、二話を読み直してこれは明らかに書き込みが足らんな、と。内容が薄っぺらいな、と。そう思ったからには納得いくように書かないとな、という思いでなんとか完結できましたね。

でもやっぱり、無理矢理書き上げた感が強いですね。感動ルートに入ってからは、割とすらすらと書けたのですが、その場思いつきのラストとかどうかなーってちょっと思ったりしてます。俺はイイと思うんだけど。

この話を書いていて思ったのは、物語の登場人物の頭ってのは、作者を越えられない、ってことです。例えばこの話では60過ぎのおばあちゃんが出てきますが、その人の心情を書いているのは16歳の少年であって、そいつが16年間かけて培った経験で書いてるわけで。どんなに頑張っても、おばあちゃんの人生経験だって16年程度になってしまうのです。たとえ違和感なく読めたとしても、60年間生きてきた「重み」みたいなものは無いんですね。
だから本当に苦労しました。口調、語彙、心の動き。書いて読み直せば、本当におばあちゃんというのはこんな風に感じるだろうか? と何度も思いました。正直納得いかぬまま書いたものもあります(いつもそうだけど)。でも、書ける時間は限られてるし、やっぱり数こなしたいし、書きたい話あるし。

納得いってるような、いってないような。また前回よりも、成長しているのなら、嬉しい限りです。まだまだだらだら、書いて行きますよ。


一日ヒトワライ

「はずれ」って書いてあったらとりあえず殴りたくなるもの

・漫画のカバー裏
・海岸に漂着したコルク栓の小瓶に入った紙
・チラシ
・席替えのくじ
・成績表
ポラロイドカメラ

よく考えたらはずれって書いてあったらだいたい殴りたくなるわ。